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2013年08月29日

そしてAKIKOは… AKIKO あるダンサーの肖像(日本)

1935年に生まれ、日本のモダン・ダンス界の第一人者として活躍してきたアキコ・カンダ。
毎年のように新作を発表してきたアキコが70代半ばを迎えた2010年、かつて「AKIKO あるダンサーの肖像」として1985年に40代の姿をカメラに収めた羽田澄子監督が、再び彼女の撮影を始めた。
若くして渡米、巨匠マーサ・グラハムの下で身に付けた踊りを基本に、独自の表現を生み出してきたアキコが、年齢を重ねて肉体の衰えに直面する中で、どのようなダンスを生み出してゆくのか。
身体芸術の極みであるダンスにおいて、どのような可能性を見せてくれるのか。
その行き着く先を記録したい。
羽田はそう考えていたが、撮影開始から間もなく、アキコがガンを発症していたことを知る。
2010年秋のリサイタル終了の翌日に入院。
退院後も治療を受けながら、ダンスと真摯に向き合い続けた。
そして、2011年9月に行われたリサイタル『花を咲かせるために 〜バルバラを踊る〜』で全てを燃やし尽くした彼女は、同月23日に亡くなる。
そして、本作はダンスに全てを賭けたアキコの最後の公演記録となった。
厳しく真摯だったアキコ。
童女のように無邪気で優しかったアキコ。
生涯、ダンスへの情熱を絶やさず、病気と闘いながら死の直前まで創作し、踊り続けたアキコ。
アキコ・カンダと長く親交のあった羽田監督が、彼女の生涯を辿り、芸術家として人生を全うする姿を追った。

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